イベントレポート 2019.12.13
宇和島が「本当に住んで幸せな街」「ローカルヒーローが生まれる街」になるには?《前編》

 

7月3日に東京の都心、大手町で、宇和島のことを語りあうを開催しました。

宇和島市の魅力を再発見しながら、地域課題の解決と新たな価値創造への道筋を探っていく対話の場です。冒頭に宇和島市の紹介やうわじまシティブランディング事業の進捗報告を行い、スペシャルなゲストによるご講演とトークセッションを行いました。全4回に分けて、その内容をご紹介させていただきます。

第3回は、イベントの後半に行われた「トークセッション」の前半部分をご紹介します。宇和島市の岡原文彰市長を交えて、ゲスト講師のLIFULL HOME’S総研所長の島原万丈氏、『ソトコト』編集長 指出一正氏のおふたりと宇和島の未来について考えました。(モデレーター:株式会社コトヴィア 荻原実紀)

 


 

宇和島が「本当に住んで幸せな街」を目指すには

 ~センシュアスシティ評価「関係性」「身体性」の指標から

 

荻原:いくつか質問を用意していますが、実際にゲスト講師のお2人の著書も拝読し、気付いたこともシェアしながら質問をさせていただきたいと思います。

まず、島原さんからお伺いします。島原さんとの出会いは、実はソトコトの指出さんにご挨拶に行った時に、「宇和島出身であったら島原さんでしょ」と言われ、ご紹介いただいたことがきっかけです。私も宇和島出身でありながら、島原さんを存じていなくて、ご実家の島原かまぼこさんとはお付き合いがあったのですが、出会いをとてもうれしく思っております。

特に、「官能都市(センシュアスシティ)」という言葉を宇和島出身の方が提唱していることに非常にシビれまして(笑)。私自身もクリエイティブの世界にいて、宇和島に帰っていろいろ感じることがあって、官能都市という言葉やその意味を宇和島の人にどれくらい伝えられるかなという心配は少しありました・・・。本日は、ずばり宇和島市がセンシュアスシティになるためには。そして、そのために解決しないといけないと思われることがあれば、ぜひお話いただきたいです

 

島原:まず、宇和島市がセンシュアスシティにならなきゃいけないのかって言われると、ならなくてもいいかなとは思っているんです。基本的にはね。もし、ああいう指標を持って、街づくりを目指そうということであれば、例えば「関係性」と「身体性」という指標を置きましたけども、「関係性」4指標のうち、あの街で「匿名性」はほとんど不可能だし、「ロマンス」も相当厳しい・・・

 

 

荻原:そうですね(苦笑)。

 

島原:一方で「身体性」に関わる要素は、本来であれば地方の田舎の街は強いはずです。しかし、宇和島だけではなくて、残念ながら今の日本では、地方都市の方がむしろ車社会になって、街と人が全然触れ合わないという現状は出てきています。そこをちょっと改めて考え直した方がいいのかなとは思います。

郊外に次々と大きなスーパーとかショッピングセンターができたらそれは便利でいいんだけど、「どうやったら街の中に人が少し戻って来るのか?しかも歩いて・・・」みたいなことを、考えていったほうがいいのかなとちょっと思いますね。もし宇和島がセンシュアスシティを目指すということであれば。

 

荻原:的確な視座をありがとうございます。島原さんの『本当に住んで幸せな街』というご著書に、先ほどお話いただいた「関係性」と「身体性」の各4軸について紹介があって(関係性…「共同体に帰属している」「匿名性がある」「ロマンスがある」「機会がある」/身体性…「食文化が豊か」「街を感じる」「自然を感じる」「歩ける」)、それぞれを測るためのアクティビティに関する質問が4つずつ書いてありました。実は私、それを使って宇和島のセンシュアス度を個人的に測ってみたんです。

あくまでも私見ですが、「関係性」の指標の中では、「匿名性がある」「ロマンスがある」「機会がある」は非常に低くなりました。一方で「関係性」の中の「共同体に属している」と、「身体性」の指標である「食文化が豊か」「自然を感じる」は非常に高く感じています。そして、「身体性」の中の「街を感じる」「歩ける」については、島原さんのお話のとおり、ご高齢の方に歩きやすいところかどうか、夜歩いても安全かどうかなどで、少しマイナスがあるのかなと感じました。

一方、私の会社は渋谷区にあり、東京生活でもずっと渋谷区で働いていますが、宇和島と比較するために渋谷についてもやってみました。すると、宇和島と真逆で、「匿名性がある」「ロマンスがある」「機会がある」「街を感じる」が非常に高くなりました。島原さんの官能都市評価(センシュアス指標)は自分の街の未来や魅力について考える視軸として、すごく面白いと思いますし、参考になります。

指出さんのお話にも通じるところがあると思いますが、クリエイティビティとか、官能都市と言われるような要素を田舎に取り込んでくためにどういった姿勢で取り組めばいいのかとか、どういう意識で関係人口になろうとしている人たちが向かえばいいのかについて、はどう思われますか?

 

島原:そうですね。先ほどグラフで示したように、アクティビティつまりセンシュアスシティ項目のアクティビティの多い街は、「多様な人に対して非常に寛容」であるという大きな特徴がありますね。「共同体に帰属している」感覚が強いのは結構なことだけども、逆に閉鎖的になってしまうと、外からの人を受け入れるかどうかみたいな話ですね。

 

 

僕、すごいものを見つけてしまったのだけど、宇和島市のホームページにある「田舎暮らし10カ条」。『田舎の給与水準は都会の半分』、ここはしょうがないとしても、『簡単に住まいや土地は手に入らない』とか、『買ったら売れない』とか、『人は少ないけど人間関係は濃い』とか・・・。要は、「非常に閉鎖的であることを受け入れてから来い」というふうに書いてあるわけですよ。外の人がこういうところに来たいと思うかっていう話ですよね。それは現実にそうなんだろうと思うんですけども、流動性を自ら非常に低めるようなことを求めてしまっているわけですよね、ホームページの中で・・・。

やっぱり、今日のテーマで「関係人口」という話題でいくと、一つは宇和島市の印象調査結果にもあるように、市内に住んでる人の方が、市外に住んでる人よりも評価が低い。自分たちの街を駄目だって言って、しかも移住を検討しているような人の期待値に対してすごく閉鎖的。そんな風になってくると誰も行かなくなるので、だんだん滅びていってしまうですね。そのままだとね・・・。

 

荻原:厳しいコメントをありがとうございます。個人的に、仰る通りととても納得しています。宇和島出身の皆さんはどう感じられたでしょうか。外からの人や知恵に対して寛容であること、それは、宇和島がひらかれた街に進化していくために大事なポイントかもしれませんね。

 

 

「ローカルヒーロー」を生む「関わりしろ」とは

 ~僕らが地方で幸せを見つけるために

 

荻原:さて、このまま指出さんの方にバトンタッチして、お話を聞きたいと思います。指出さんのご著書『ぼくらは地方で幸せを見つける』の中で、いろいろな「ローカルヒーロー」を取り上げた事例がたくさんあって、私この本を読みがら自分ごととして感じることがありました。

宇和島市のブランディングを企画する立場として、そして宇和島出身者として関わることで、良くも悪くもいろいろなことを言われることを前提に覚悟をして、この事業に取り組んでいますが、この本を読むとすごく勇気を与えられて、前向きに頑張ってみようかなと励みになりました。指出さんが書かれていた「ローカルヒーロー」について、先ほどのお話になかったので、少しご紹介いただけたらと思います。

 

指出:はい。その本も本当は、「ローカルヒーローの時代」というタイトルにしたかったんですけど、ポプラ社から「それでは戦隊もののマニアしか買わないからやめてくれ」って言われてやめたんです(笑)。でも、もともと『ローカル・ヒーロー』という良い映画があるんですよ。アメリカの映画で。話すと長いので、内容はウィキペディアで見てください(会場笑)。それがもともと僕の着想です。

ローカルヒーローたちは、空を飛びません。メトロポリタン(大都会の)ヒーローは、例えば、マッチョで、最高のMBAを持っていて、最高の大学を出て、とにかく非の打ちどころがない。彼らは彼らで「それを持ってないとやばい」っていう強迫観念からやってるかもしれないけれども。この本には、それよりももっと普通にへこんだりとか、弱かったりとか、地元の人にときに怒られて、ときに褒められるような等身大のみなさんを載せたんですよね。そういう人たちがいる「平熱の場所」が僕は好きだというのもあります。僕はどちらかというと、心に傷を負った地域とか、それから弱い地域の方が好きなんです。

例えば湯沢市は、越後湯沢とずっと勘違いされてきているわけですよ。ある意味、弱い地域ですよね。でもいざ行ってみると、400年オーバーの味噌蔵や、しょうゆ蔵や、酒屋があって、ロンドンの大学で平和学を学んだようなめっちゃイケてる人たちが、呉服屋をリノベーションしていたりする。かっこいいじゃないですか。これが「ローカルヒーロー」です。

 

 

「いろんなことやってくれるんだろ、お前。地域づくりもよろしくな!」みたいな形でスーパーヒーローを呼び込んでも、本当のそこにいる人たちの幸せにあまりつながらないんじゃないかというのが僕の考えです。これを僕は、「関わりしろ」という言葉で定義付けています。「関わりしろ」というのは造語です。要は「余白」みたいなものですかね。つるつる、ぴかぴかしているところよりも、ざらっとしたところの方が人は引っ掛かるわけです。つまり、「この街は俺よりもめちゃめちゃ凄い人たちしかいないから、俺は必要ない」と思われたら負けなわけです。

例えば秋田県鹿角市(かづのし)。ここも僕はすごくお世話になっている大好きな街です。鹿角市は堂々とこう言ってるんですね。「うちは子育て宣言している市なんです。だから移住者もどんどん子育ての人に来てもらいたいので、ぜひ来てください。だけど、産科医が今いないんです・・・」。それを行政が言うんです。そのくらい困っている弱い街かもしれません。だけど、みんなが来てくれたらうれしい。「この問題がすぐに解決しないかもしれないけれども、それも含めて鹿角の仲間になってほしいから、みんなにそれを伝えてます」と担当者が堂々と言うわけです。それが本当の「関わりしろ」です

だから「関わりしろ」が生まれた街には、弱いローカルヒーローたちが「ここだったら自分も何か一緒にやってみたいな」「何かすごい大人たちと一緒にやってみたい」という気持ちになり、そこからローカルヒーロたちが生まれていってる。僕の本ではそのことを書きました。

戦隊モノと勘違いされるからと「ローカルヒーロー」というタイトルにはできませんでしたが(会場笑)、「ローカルヒーロー」という言葉自体は非常に広がりましたね。みんながローカルヒーローの話をしてくれている。空を飛べない、地域づくりを普通にやっていたり、地域づくりにもまだなってないけど街に関わることが好きな人たち。

その本を出したのはもう2016年の末なので、僕のように週5日ローカルに行ってると、ローカルヒーロの卵たちがまだまだめっちゃいるわけですよ。「この人はものすごい化けるな」みたいな人が頭の中に500人くらいいます。その人たちが地域を作っている。年齢は関係ないです。『そおムーブメント』という鹿児島の曽於市のおじいさんたちもめちゃめちゃイケてるし。若い人たちはもちろんですけどね。そういう風に、地域を少しずつ柔らかく変えていく変革者というか、仲間みたいなのを「ローカルヒーロー」と名付けたんですよね。

 

荻原:ありがとうございます。私もこの書籍の中で、「関わりしろ」というキーワードのところで、弱みを自覚して、弱みをきちんと伝えられることを大事にした方がいいとの意味合いが書かれていたと思っていて・・・。

 

 

指出:そうですね。よく読んでいただいてありがとうございます。

 

荻原:やっぱり普通は田舎だと、あれもこれもそれもあって、これが一番だからっていうのを宇和島もたくさんいいものがありまして、海も山も幸があって、一位のものがたくさんあるので、それを同時にPRしたがるのですけれども・・・。

 

指出:わかります。もちろん。

 

荻原:そこで弱さを見せて、応援してもらう。共感してもらうということの大切さが語られていると思いました。

 

指出:そうです。街に必要なものは、「弱さ」とか、「綻び」とか、「破綻」なんです。だって正直にいうと、これからの予想としては、良い形で経済が回っていくのではなくて、今まで大事にしていたものが少しずつ経年劣化していくわけじゃないですか。だからそんな中で、みんなが弱まっていく中で、その弱まりをどう楽しむかとか、その弱まりを面白いと思う人たちをどう呼び込むかみたいなことの方が俄然、理に適っている

僕は基本的に環境系の編集者なので、持続可能かどうかを見るわけですよ。1年ぐらい幸せな人生や未来を選びたいなら打ち上げ花火をすればいいと思うんです。だけど意外と人は長生きだし、街も長生きだから、その長生きの中で幸せに生きていくためには、弱いエネルギーを、ローエネルギーの中でどのくらい面白いことができるかという方にシフトした方が本当はいいですよね。

なので、僕は観光自体を全然悪く言うつもりはないですが、じゃあものすごいたくさんの人がトライアスロンでやってきた、トレイルランニングでやってきた、桜祭りでやってきた。でも全然地元でもない業者さんがその門前を構えて、そこにお金が落ちていって、おもてなしをしている地元の人たちは疲弊して年に何回もそれやることがしんどくなった・・・って言ったら、それがほんとにいいのかなというのはすごく感じる。

それよりは、助けてくれる人や応援に来てくれる人たちが、もうちょっとだけでも増えた方が、街のみんなからしてみたらその方が、本当には幸せを一つずつ自分で噛み締められるのではないかなというのは感じています。両輪が大事なのはわかりますが、もうちょっと静かで弱くて、もうちょっとほんとに小さいものを幸せの価値観に持っていった方がいいと思いますね。

 

 

 

自然災害を機に広がった「関係人口」と「ローカル志向」

 

荻原:ありがとうございます。とても参考になるお話をいただきました。宇和島市は去年、豪雨に見舞われ多くの被害を受けました。後ほど岡原市長からもその状況をお話いただけたらと思いますが、その災害をきっかけに新たなつながりが生まれ、いわゆる「関係人口」がじわじわと増えているという体感があります。指出さんの本を読むと、リーマンショックや東日本大震災で、若い世代の価値観が変わり始めて、ローカル志向になったというお話もありました。

 

指出:この日曜日に新潟県の長岡市にいまして、なぜ長岡市に僕は行っていたかというと、2004年に起きた中越地震からちょうど15年だからです。その中越地震が起きた日、僕は新高山という山の頂上にいました。新高山を知っている方も多いですよね。台湾のユイシャンという山です。中越地震のニュースが流れた時に、周りにいた台湾の人たちが、僕に片言の日本語と流暢な日本語でこう言ってくれました。「日本大丈夫?」って。台湾という地震大国の人たちでも心配するくらい、驚天動地なことが当時起きたんですね。

関係人口については、2008年のリーマンショック、それから2011年の東日本大震災が1つの大きなジャンプアップの年だったかもしれませんが、僕がいろいろな地域へ行ったり、いろいろな先輩たちに話を聞いていってわかったのは、この2004年の中越地震が、若い人たちが地方に興味を持つきっかけになったのではないかということです。被災した山古志村とか、長岡の方に行く流れができた。

時代はグローバル。海外志向で、かっこいいことは海外からと思っていた若い人たちがとりあえず海外のNPOに所属していると、海外のNPOは「とにかく山古志に行け」って言うわけですよ。そこで中山間地域に初めて行ってみて、地元の人たちと一緒に被災地の修復を手伝うというプログラムやミッションが出てきた結果、「圧倒的なローカルの美しさ」に、若者たちが初めて出会ったんです。これは、東日本大震災も同じです。それから2004年の福井豪雨もそうですかね。

さっき、僕は心に傷を負った地域が好きだと言いました。これは実に面白いんですけれども、そういう地域には、必ず幸せがやってくるんですよ。例えば中越地震。中越地震が5年経つまでは、「震災のせいで」っていう言葉がものすごく蔓延していました。ところが10年経って何が起きたかというと、「『震災のおかげで』若い人たちがたくさんここにやってきて、移住するようになった」って言う方が増えていったんです。最近も、5人くらいの若い女の子たちが大学を1年休学してインターンシップで入っていて、「今でも継続的にこんなに興味を持って訪れてくれるんですよ、指出さん」と言われました。

「うちに未来はない」とか「うちなんかもう駄目だ」とか「うちは面白いことなんかない」って言っているだけだったら、潰える方向にいっていたかもしれない集落に、中越地震が起きた。そしてそれを契機に「まだまだ頑張るぞ」という気持ちがその土地に高まり、人を呼び寄せた。亡くなった方がいらっしゃる悲しい震災ですけれども、新しい人たちが地域にやってくる流れにもなったのがこの中越地震だった。僕はここで15年間をちゃんと見なきゃいけないなと思っていて行ってきました。

 

(参考)ソトコトonline記事「被災と復興の経験を地域の資産に!『中越防災安全推進機構』が歩んだ15年と、未来。」

 

指出:「震災のせいで」が「震災のおかげで」になるタイミングがあるんですよね。それは多分、今回の西日本の豪雨とか、今日も鹿児島とかが心配で堪らないですけど、ほんとに南九州も大変なことになってるので、そういった意味で災害が起きることで実は新しい人たちの接触率が高まるという、ちょっともしかしたら複雑な心境かもしれないけれども、でもそうでもしないと自分たちの未来との接触率が上がらないっていうことも日本の課題なのかもしれないなとは思います。

 

荻原:中越地震を皮切りに若者たちが地方に目を向け、足を運び、ローカル志向になった。とても興味深い流れに思います。ありがとうございます。

では続いて、岡原市長にお聞きします。宇和島市の昨年の豪雨災害からの復興状況と、指出さんや島原さんからいただいたお話の中で、お感じになられることがございましたらお願いします。

 

岡原:昨年の豪雨災害からちょうど今、1年が経過しようとしているところです。被害状況については、先ほど市の職員からご説明させて頂きましたが、あの瞬間というものを今思い出そうとしても、あの日の行動や思考が、十分に思い出されないというか・・・。それほどに、皆で大変な思いをしました。

先ほど指出さんのお話にもありましたとおり、行政の力だけで災害を全部乗り越えられるわけもなくて、やはりそこには先ほど言われていたように、NPOの方々やボランティアの方々が県外からも入ってくださいました。結果として、そういった方々が関係人口になっていくものなのかもしれません。

 

 

宇和島では、行政とそういったNPOやボランティアの方々をつなぐ中間支援組織(宇和島NPOセンターcarriage吉田バンズ)が、いろんな人のアドバイスを受けながら豪雨災害を機に開所しました。宇和島はそれまで、民間の立場で行政と民間を調整する中間支援の役割など、民の力で切り開いていくという流れがあまりありませんでした。内閣府は、災害はこれからNPOとボランティアと行政がタック組まなくてはならないとしていて、言葉ではわかっていたけれども、実際に目の当たりにした時に、行政と民間をつなぐ役割の重要性を実感しました。

行政と民間をつなぐ役割が生まれ、そこを介して集まってくださった方々が、宇和島のことを好きになったり、観光以上移住未満につながっていく。今そんな状況が実際に生まれています。まさに関係人口だなと思いながら、今日お話を聞かさせていただいてました。

宇和島は、こうしてご縁をいただいた方々にずっと注目をしていただけるような街にならなければと思います。島原大先輩のお話も素晴らしかった。(島原さんの講演の)最後の写真は市役所から撮った写真ですね?(会場笑)いろいろ本当に勉強になりました。ありがとうございました。

 

 

荻原:岡原市長ありがとうございます。岡原市長は本当に記憶をなくされるぐらい相当に尽力されていて、その姿、その背中は、宇和島市のみんなが見ていました。多くの地元の人たちが、「どうにか、何かしなくては!」という思いに駆り出されましたし、私もその1人として貴重な経験をさせて頂きました。豪雨災害を経験した宇和島にとっての今日の機会は、関係人口とか、今までの一般的なPRやブランディングのあり方とは、ちょっと違うのではないかと立ち止まって考えるきっかけになったと感じております。

 

宇和島が「本当に住んで幸せな街」「ローカルヒーローが生まれる街」になるには?《後編》

 


 

 

 

島原 万丈(しまはら まんじょう)

株式会社LIFULL HOME’S総研 所長

 

1989年株式会社リクルート入社。グループ内外のクライアントのマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略策定に携わる。2005年よりリクルート住宅総研へ移り、ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)でLIFULL HOME’S総研所長に就任し、2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市] 』、2017年『寛容社会 多文化共生のための〈住〉ができること』、2018年『住宅幸福論Episode1 住まいの幸福を疑え』、2019年『住宅幸福論Episode2 幸福の国の住まい方』を発表。主な著書に『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』(光文社新書)がある。

Sensuous City[官能都市]

―身体で経験する都市;センシュアス・シティ・ランキング

 

 

 

指出 一正(さしで かずまさ)

月刊『ソトコト』編集長

 

1969年群馬県生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業。雑誌『Outdoor』編集部、『Rod and Reel』編集長を経て、現職。島根県「しまコトアカデミー」メイン講師、奈良県「奥大和アカデミー」メイン講師、奈良県下北山村「奈良・下北山 むらコトアカデミー」メイン講師、福井県大野市「越前おおの みずコトアカデミー」メイン講師、和歌山県田辺市「たなコトアカデミー」メイン講師、高知県・津野町「地域の編集学校 四万十川源流点校」メイン講師、岡山県真庭市政策アドバイザーをはじめ、地域のプロジェクトに多く携わる。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部「わくわく地方生活実現会議」委員。内閣官房「水循環の推進に関する有識者会議」委員。環境省「SDGs人材育成研修事業検討委員会」委員。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部「人材組織の育成・関係人口に関する検討会」委員。著書に『ぼくらは地方で幸せを見つける』(ポプラ新書)。趣味はフライフィッシング。

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